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ラプソディー・イン・ブルー

突然にその話は天から降ってきました。

ピアノは好きでしたが、人前で演奏会でソリストとして弾いたことはありませんでした。
クラシックひとすじで来たので、ガーシュインのあの独特なリズムや和音を体に覚えさせるのは難しいだろうと容易に予想ができました。
「モーツァルトの方が得意ですけど・・・・・」と言ったのを覚えています。

鍼灸学校1年生の夏のことでした。
定期演奏会は翌年の6月。

学校とアルバイトとでスケジュールはいつでもギリギリでした。
そして、ただでさえ譜読みが遅いのに、あの有名な大曲を弾けるようになるのか心配でした。
私が弾けなかったら、吹奏楽団全体に迷惑がかかってしまいます。

弾くのか。
弾かないのか。

このふたつの選択肢を抱え、しばらく迷いました。
自分の性格とピアノの技術を考えると、演奏会が終わるまではかなりのエネルギーを費やしてしまうだろうと思いました。
一生の仕事とするために鍼灸学校に入学したのに、ピアノなんか弾いてる場合じゃないだろう、と迷っている自分を戒める自分がいました。

だらだらと悩んだあげく、仲良くなったクラスメートに相談したのです。彼女は即答しました。

「今しかできないんだからやったら。」

確かにクラスメートの言う通りでした。
まだ1年生なんだから、国家試験までには時間がありました。
1年生のうちは事務のアルバイトをする予定でしたので、体力的には余裕がありました。
残業もなかったので、帰宅してから1日1時間から2時間の練習時間を作ることは、ぼーっとテレビを見る時間を減らせば可能でした。
しかもクラビノーバしかなかったので、時間を問わず練習できる環境が整っていました。

今しかない、と思えたので、弾くことに決めました。
(本当はとっても弾きたかったんですよね。)

こうして、学校とアルバイトの生活にピアノの練習が新たに加わることになりました。

ラプソディー・イン・ブルーを弾くことが、新しい大切な出会いをもたらすことになるなんて、この時には全く想像すらしていませんでした。
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by may-shinkyu | 2006-07-27 22:23 | 鍼灸師になるまでの道のり

鍼灸学校生活

まず驚いたのは、実技の時間が少ないんですね!!
国家試験に合格するには、膨大な科目を網羅しなければならないのです。

次に驚いたのは、東洋医学の科目が少ないんですね!!
西洋医学の知識が必要とされることは当然なのですが、もっと東洋医学の「気の世界」とつながりを持ちたいと思っていたのですから、とても残念に感じました。

理科系音痴にとって、解剖学・生理学・病理学のような科目は難しく、
記憶力が衰え始めた身にとって、覚えることが多い科目は厳しく、
手先が不器用な身にとって、実技は思うように上達せず・・・・・・

こうしてアルバイトをしながら、勉強する日が始まりました。
午前中は学校へ行き、午後は以前の職場でアルバイトとして働きました。
クラスメートの中には、もうアルバイトでマッサージの経験を積んでいる人もいて、事務のバイトをしていては取り残されてしまうという焦りもありました。

忙しくて大変だったのですが、それでも学生という立場は不思議なもので、社会人の頃には考えられなかったようなことが起こりました。

天の采配なのでしょうか、ある日突然その話はやって来ました。
ピアノを演奏会で弾きませんか、という話が持ち込まれたのです。

当時、アマチュア吹奏楽団でアルトサクソフォーンを吹いていたのですが、その定期演奏会でガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」のピアノソロを弾いて、吹奏楽と一緒にやりませんかと言われたのです。
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by may-shinkyu | 2006-07-27 22:00 | 鍼灸師になるまでの道のり

鍼灸学校に入学するまで

鍼灸師になるには学校に行かなければなりません。

ここで大きな問題にぶつかってしまいました。
入学試験です。
しかも科目は学校によっても異なりましたが、国語、英語、生物、数学などでした。
国語と英語はなんとかなっても、生物と数学はもうどうにもなりません。

大学は英文科でしたし、高校での理系の科目は悲惨でした。
何ひとつ覚えていません。
それぞれの学校の過去問題集を取り寄せてみましたが、チンプンカンプンでした。

今のように学校も多くなかったので、倍率はかなり高かったのです。
ここで受からないと、試験を受けるのにもう1年余分に待たなければなりません。
30歳を超えた身としては、何とかここで学校に受かりたい!!

本屋に走り、高校の生物の教科書を買っての勉強が始まりました。
フルタイムで働きながらの受験勉強は全くすすまず、焦りだけがつのるばかり。
高校で理科をさぼったツケがこんなところでまわってくるだなんて・・・・

そんなところへ朗報が届きました。
募集要項を取り寄せてみたところ、推薦入試があるというではありませんか。
年齢制限がなかった学校が一校だけありました。小論文と面接、高校の成績証明書と推薦状があればいいというのです。
すべてをこの一校に賭けることにしました。

面接に際しては、諸先輩方のHPを参考にさせて頂きました。
とにかく、学費が払えるということと、鍼灸に対する情熱を語り、所定の10分はあっという間に過ぎてしまったことを覚えています。

何が功を奏したのか、無事に第一希望の東京医療専門学校 鍼灸本科に合格できました。
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by may-shinkyu | 2006-07-26 13:23 | 鍼灸師になるまでの道のり

なぜ鍼灸師を目指したのか? その5

じゃあ何の職人になるのか?

英語を勉強しなおす、というのは一番てっとり早い選択肢のように思えました。
今までハッタリと勢いで何とかしていたものを、きちんと勉強しなおすのは悪いことではないと思いました。英語の教師になるか、通訳ガイドを目指すか、翻訳や同時通訳の勉強をするのか、ということも考えました。

しかし、英語教師の仕事はこれから減っていくだろうと予測できました。
通訳や翻訳家になったとしても、私には専門の分野がありませんでした。
これではつぶしがきかないな、と思いました。
そして、中学生から勉強しているにもかかわらず、これだけしかできるようになれないのは、競争相手の多い中では無理だと思ったのです。

芸術系 これはからっきしダメで・・・・

そこで浮上したのが医療系・介護系でした。
高齢化が進む中で需要が伸びているはずという観測があり、人の中で働きたいという思いもありました。

そこで目に留まったのが、鍼灸師でした。
数々の医療系の資格の中で、独立開業できるということも魅力でした。
そして何よりも私を元気にしてくれた「気の達人」たちの仕事に似ているところが私の心をつかみました。
鍼灸を基礎にしていけば「気の世界」とつながりを持ちながら、一生の仕事ができる、と確信しました。

こうして鍼灸師を目指すことになったのです。
鍼灸がどんなものか全く知らないまま。
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by may-shinkyu | 2006-07-22 16:24 | 鍼灸師になるまでの道のり

なぜ鍼灸師を目指したのか? その4

仕事を辞めようと決めたものの、次にどうしたいかということは全く考えていませんでした。
(ここが私の無謀なところです・・・・・)

転職することや、派遣社員になって組織の中で働くことは難しいことではなかったはずです。
そうすれば、安定した収入が得られる生活ができたでしょう。

しかし、私には「職人」気質に対する強い憧れがありました。
「何でも事務屋」でいることの反動からか、何かのプロになりたい、何かひとつのものを極めたいと思っていました。一生続けられる仕事に就きたいと思っていました。

再び組織で働いたとしても、しばらく経てば今回と同じように辞めたいと思う時がくるのではないか?とも思いました。

だったら、「職人」になろう!
女ひとりなんだもん、好きに生きたらいいよ!
元気なんだもん、何とかなるよ!

かなり無謀な論理ですが、こうして私は職人を目指すことになったのです。
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by may-shinkyu | 2006-07-22 15:26 | 鍼灸師になるまでの道のり

なぜ鍼灸師を目指したのか? その3

~「気」の世界に出会って~

私はどんどん元気になっていきました。
そして敏感になっていきました。

食べるもの、着るものも変わっていきました。
自分の意思よりも、もっと強いものに動かされていく感じがしました。

ピアスはそれまで楽しんでつけていたのですが、つけられなくなりました。
ストッキングもはけなくなり、仕事着は自然とパンツが中心となりました。
味覚が敏感になり、外食の濃い味付けが食べられなくなりました。

自分の感覚と周囲の状況との接点を探しながら、仕事に忙殺される日々が続きました。

好きだと思える仕事を与えられて幸せだと感じる自分と、このまま「何でも事務屋」でいていいのかという焦りが交錯する中で、何年かが過ぎました。

仕事に就いて8年目の春、ある時ふっと声が聞こえました。

「仕事を辞めなさい。」

仕事が辛かったとき、「辞めたい」と思ったことはありましたが、「辞めよう」と思えたことは一度もありませんでした。
しかし、この時は違いました。「もうできるだけのことはやった」と素直に思えたのです。
この声を無視したら、次の声がもう聞こえなくなるかもしれないとも思いました。
学ぶことが多い職場だったけれど、そろそろ次のことをしてもいいのかなとも思いました。
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by may-shinkyu | 2006-07-21 17:00 | 鍼灸師になるまでの道のり

なぜ鍼灸師を目指したのか? その2

今日は「長い版」です。

周囲に鍼灸師もいなくて、鍼灸治療も受けたことがない私がなぜ?

「気」との出会いがあったからです。

日本語の中には「気」を使った表現はたくさんあります。「気が合う」「気がすすまない」「やる気」
「気をつかう」などなど、普段何気なく使っているわけです。「疲れる」というのは「気が枯れる」ことだと言われています。

それにもかかわらず、私は全く意識したことがなかったんですね。

そんな私を気と会わせてくれた方々がいました。

その当時、私は身体的にも精神的にも辛い状況にあって、自信喪失していました。
やりたいこと、自分の能力も分からないまま、今の状況から抜け出したいという気持ちだけがあって、けれども現状を打破できる元気もありませんでした。
穴があいて空気が抜けてしまったひしゃげたボールでした。

気の世界はそんな私のひしゃげたボールを内側からふくらませてくれました。

それまで私はボールにあいた穴しか見ていなかったことに気がつきました。
穴をいくらふさいでも、内側から空気を入れないとボールは膨らんでくれないのです。

今までに得られなかった満足感がそこにはありました。
自分に内側には力があるということに気づきました。
自分が元気になっていけるという希望が見えました。

それからは、頭で考えたり、情報を集めるということよりも、自分の内側にある感覚を大切にしていくようになりました。
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by may-shinkyu | 2006-07-21 15:03 | 鍼灸師になるまでの道のり

なぜ鍼灸師を目指したのか?

よく訊かれる質問です。

模範解答としては

1.鍼灸治療を受けて、その素晴らしさに感動したから。

2.親や親戚に鍼灸師がいたから。


というのが相場ではないでしょうか。

ところが私の場合は全く違いましたので、説明するのにかなり時間がかかってしまうことがあるんですね。なので、時間に応じて「短い版」と「長い版」の2つの答えを用意しています。

短い版

大学を卒業して事務職として働いていたのですが、手に職を持って働きたいと思うようになったんですね。これから女一人で生きていける資格はやっぱり医療系だろうと思って色々調べてみました。医師、薬剤師、看護師、理学療法士、言語聴覚士、手話通訳士、義肢装具士、柔道整復師など選択肢がありました。鍼灸師だったら一人で開業してもやっていけるからいいかなと考えたんです。(談)

とこんな感じです。これだったら治療の間でもすらりとお話しできますので、普段はこの「短い版」を使っています。

これに対して「長い版」は、目に見えないものを言語化していくことになるので、説明するのに時間がかかってしまうわけです。(口ベタなもので・・・・・)

てなわけで次回、「長い版」更新します。
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by may-shinkyu | 2006-07-19 18:30 | 鍼灸師になるまでの道のり

はじめまして

東京の世田谷区に小さな鍼灸院を開業しています。(詳しくは めい鍼灸院へ)

鍼灸は怪しくない!!東洋医学は素晴らしい!!!
ということを証明したくて、このブログを始めました。

まずは簡単に自己紹介

名前:吉川 明子

年齢:もうあんまり言いたくないお年頃

出身:東京
    岡山、アメリカ、ニュージーランドにも住みましたが、東京が一番長いです。

資格:はり師、きゅう師、あんまマッサージ指圧師
    鍼灸師と一口に言われることが多いですが、実は別個の資格なんですね。
 
趣味:音楽がないと生きていけません。最近はクラシックを聴くことが多いです。
    ピアノ、サックスを演奏することも好きです。
    
    泳ぐのも好きです。溺れているようにしか見えないかもしれないけれど、背中が伸びてい
    く感じがクセになります。


これから少しずつ更新していきますので、よろしくお願いします。
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by may-shinkyu | 2006-07-19 17:27 | 自己紹介